サイトトップ > 学校案内 > 校長先生のお話

あけの明星

この6年間に関わったすべての人に感謝します

(2017年3月14日)

 トーマス・マートン(アメリカのトラピスト修道院の中で暮らす修道司祭であった)という人が残した、「自分の存在を感謝できるまでは、わたしたちは自分が何者であるか、また存在すること、生きていることが、どういう意味をもっているのか、まったくわかっていない。」という言葉に最近出会ったことがありました。それを読んだとき私の心は、本当にまだまだ未熟だなと痛いほど感じました。自分の存在を感謝できるほどそれほど霊的に深められていない自分ですが、6年間の区切りだけはきちんとしておかなければならないことだけは感じています。
 この6年間、本当にたくさんのことを学ばせてもらいました。「準備すること」「学ぶこと」「司祭として生きること」等々かなり真剣に自分自身に突き付けて、何度も挫折しながらも何かを学ぶことに、生きることに心を砕いてきた6年間だったと思います。
 振り返ると今から14年前、私の前に一人の司祭が「宗教」の授業を担当して1年で辞めてしまいました。後任として私が広島教区長故三末篤実司教さまより電話で「暁の星学院の女子高校生に宗教を教えてくれないか」と頼まれました。その当時、岩国の看護学校と広島の社会福祉専門学校で非常勤でありましたが「社会倫理」と「一般倫理」という授業を持たされて90分授業を週4時間行っていました。そのほかに尾道清心幼稚園の園長をし、尾道カトリック教会の主任司祭もしておりました。ともかく一日いちにちがびっくりするくらい早く過ぎて行ったことが懐かしく思い出されます。それがすべての始まりでした。
 暁の星での授業は、幼稚園の行事のことなどあり水曜日か木曜日に4時間目から7時間目までで終わらせて、慌てて幼稚園に戻っていました。今、振り返るともう少しこの学校について知る努力をしておけばよかったなと反省しています。
 まだ忘れられないことがあります。2009年のクリスマスの次の日26日の午後、シスター石井理事長より電話をいただきました。「福山暁の星女子中学・高等学校の校長になってもらえないでしょうか」という思いもしない故石井理事長の言葉を耳にしました。私は素直に「私は、広島教区という組織に属しています。その組織の長である広島教区長三末司教様に相談してもらわないと私から何か返事ができることではありません。」と返事をしました。すると「司教様からは返事をいただいております。6年間だけ出向させるという約束をいただいています。あとは神父様が考えていただきたいということでお電話を差し上げました」「いつまでに返事を差し上げればよいでしょうか?」といいますと「2010年の1月25日までに返事を下さい」と言われました。悩んだ挙句に、司教様に相談して命令書を出してもらい、ようやく落ち着きました。2011年の4月までの1年間ずっと不安と希望の毎日を過ごしてきたことを思い出しました。同時に3月11日の「東日本大震災」は、私の心に大きな衝撃を与えました。それからあっという間に6年が過ぎて行きました。
 今、学校の校長職を終わるにあたって、いろんな苦労もありましたが、忙しすぎて深く振り返るという余裕がまだありません。今年の4月からゆっくりと自分自身を振り返り反省する時間を持ちたいと思います。
 思えば、朝5時半に起きて、シャワーを浴びて、着替えをし、朝食をとって薬を飲み、6時25分になったら、下の聖堂に降りてミサを行い、昨晩作ったお弁当を鞄に入れて7時前後に車に乗り学校へと向かう生活が4年続きました。学校に着いたら7時45分に校門の近くに立ち8時25分まで「挨拶運動」をして過ごしてきました。これももうすぐ6年過ぎて行きます。「継続こそ力なり」という言葉がようやく少しだけその言葉の意味が分かるような気持ちになっています。特にここ数年は名前を憶えていくことで、一人ひとりの生徒の皆さんと少しは親しくなれたのではないかと考えています。
 本当に様々な出来事が矢継ぎ早に起こりました。しかし、大きな事故、大きな自然災害に逢うこともなく、今日まで過ごすことができたのはやはり聖母マリアさまのご加護があったからではないのかと思い感謝しています。
 よく祈った6年間だったように思います。まだ忘れもしないのは去年の記念祭バザーの天気の思い出です。記念祭バザーの当日に台風も広島県を通過するという予想が気象庁から出ていました。万が一にも当日台風が来たらどうすべきか話し合いが続けられ、延期にするか、中止にするかという議論をしました。日一日と台風が微妙に遅れだして結果的にはうまくいったのですが、本当に大変でした。そしてよく祈りました。
 思い出すと切りなく思い出してしまいます。まず心から感謝しなければならないのは、三位一体の神さまとマリアさまに感謝しなければなりません。次に未熟で足りないことばかりだった私を支え、導いてくださった諸先生方に感謝したいと思います。本当にご迷惑ばかりかけてしまいました。忍耐していただいて本当に申し訳なく思います。
 そして、私のような未熟な者を校長として招いてくださったシスター・マリー・テレジタ石井節子理事長に心から感謝したいと思っています。まだ理事長のこのような突然の死の意味を理解できているわけではありませんが、きっと意味があることだろう、いつか理解できることもあろうかと考えています。
 最後になりますが、保護者の皆様・生徒の皆さん一人ひとりにあらためて感謝を申し上げたいと思います。この6年間皆さん一人ひとりがいて、本当に心が癒され、励まされ支えられてきたのだと思います。本当にありがとうございました。皆様のご多幸と学校のさらなる発展を祈らせていただきます。
 またこのブログを読み応援し、支えてくださった多くの読者の皆様に感謝いたします。いつも言葉足らずのブログを読んでくださった皆様の忍耐力に感謝いたします。これからはカトリック教会で一人の司祭として頑張ろうと思います。本当にありがとうございました。

校長 山口道晴